2サムエル記24章 国の祈りに心を動かされたので

2サム24:25「こうしてダビデは、そこに主のために祭壇を築き、全焼のいけにえと和解のいけにえとをささげた。主が、この国の祈りに心を動かされたので、神罰イスラエルに及ばないようになった」

民の数を数えることがそんなに悪いことなのかはわかりませんが、現代でも国を治める政府は自国の人口を把握しています。民数記では2回人口が数えられています(民1:2、民26:4)。それぞれ主がモーセに民の数を数えるように命じられて行なっています。歴代誌によればサタンによってダビデがそそのかされたことが書かれています(1歴21:1)。それにしてもダビデに示された神罰はどれも厳しいものばかりで、ダビデの犯した罪の重さがどれほどだったかがわかります(13)。ダビデはエジプト時代のことを読んで知っていたはずなので、7年のききんは避けました。3ヶ月追手に追われるのも、サウルやアブシャロムで経験したあの逃亡を思い出し選択はしませんでした。おそらく、このころのダビデは老年に差し掛かり、若い頃のようにほら穴や野宿に耐えられるほどの体力はなかったのだと思われます。そして、ダビデが選んだのは疫病でした(14)。それは国民だけではなく、ダビデ自身も疫病に冒される可能性があるものです。それゆえに「主の手に陥ることにしましょう。主のあわれみは深いからです。人の手には陥りたくありません(14)」と言い、主からの災いで死ぬなら本望だと覚悟を決めています。疫病は厳しく、たった3日間で7万人が亡くなっています(15)。