エゼキエル22章 安息日をないがしろにした

エゼ22:26「その祭司たちは、わたしの律法を犯し、わたしの聖なるものを汚し、聖なるものと俗なるものとを区別せず、汚れたものときよいものとの違いを教えなかった。また、彼らはわたしの安息日をないがしろにした。こうして、わたしは彼らの間で汚されている」

安息日問題は現在のキリスト教を大きく揺るがす問題です。多くの人はイエス様が復活されたのが日曜日だったから日曜を聖日として礼拝していると言います。しかし、聖書の冒頭から「土曜日」が安息日となっています(創2:2)。十戒には安息日を覚えて、これを聖なる人せよ(出20:8)とあります。イエス様ご自身は安息日、すなわち土曜日を守ってシナゴーグに行かれています(マコ1:21など)。そして「人の子は安息日の主です(マタ12:8)」と言われ、このことばは決定的になりました。にもかかわらず、AD321年ローマ皇帝コンスタンチヌスは、日曜令を発布して今までの土曜日が安息日だったのを廃止しました。それは現代でも続いています。その中でセブンスデー・アドバンティスト教会だけは、土曜日を安息日として守っています。彼らは1840年代に再臨説を唱えて、大きくつまずきましたが、80年が経ち今はそのような預言をする者はいなくなったようです。イスラム教やユダヤ教のように安息日には店を閉めて、働かないようになればわかりやすいのですが、経済中心となった現代では昼夜にかかわらず、また休みの日も関係なく人は働いています。日曜に礼拝を強制されるようになるなら、気をつけたほうがよさそうです。