問題の解決の仕方

2テモ2:25「反対する人たちを柔和な心で訓戒しなさい。もしかすると、神は彼らに悔い改めの心を与えて真理を悟らせてくださるでしょう」
教会の中で空気を読めない人がいるかも知れません。あるいは、人を怒らしてしまう無礼な者もいることでしょう。聖書は主のしもべは争ってはならない(24)…と教えています。我慢して怒るな、という意味だと思います。しかし常識が身につけばつくほど、心無い行為に対して憤ったり、悲しんだりするものです。エデンの園の中央にあり、神が食べることを禁じたのは善悪を知る木(創2:17)です。善と悪を知るなら、自然に裁きたくなります。しかし人を裁くことは越権行為です。神の領域を侵すなら、罪に問われます。罪の報酬は死ですから(ロマ6:23)、善悪を知ることと、永遠の命を得ることは相反することになります。教会の中で争いがおきるなら、お互いに裁きあうのでなく、優しく訓戒しなさいとパウロは言います。争いを起こすことより、柔和な心で訓戒することのほうを主は見ておられます。怒りに怒り、争いに争いで立ち向かうことは主の御心ではありません。義と信仰と愛と平和を追い求めるなら(22)、あとは主がなんとかしてくれるはずです。