山は動く

マコ11:24「だからあなたがたに言うのです。祈って求めるものは何でも、すでに受けたと信じなさい。そうすれば、そのとおりになります」
それならば「宝くじに当たりたい」「300歳まで生きたい」「世界一の美女と結婚したい」などと祈ってよいものでしょうか?多くの人はこの御言葉を勘違いしています。人の私利私欲のために神が存在するわけでなく、主の栄光のために人が存在しているのです。クリスチャンが恵まれ、裕福になることは悪いことではないでしょうが、金持ちが天の御国にはいるのが難しいのはよく知られたことです。祈りが主の栄光につながらないなら、何を望んでも無駄でしょう。ヒントはイエス様が教えてくださった「主の祈り」の中にあります。「御心の天になるごとく、、地にもなさせたまえ」と祈るなら、おのずと何を求めるべきか分かったくるはずです。山に向かって「動いて海に入れ」と心に疑いなく最後まで信じるなら、そのとおりになる、とあります(23)。中国、ロシアでは共産主義のためキリスト教は認められませんでした。しかし、現在中国にもロシアにも教会が立てられ多くの人が救われクリスチャンになっています。またミャンマーの軍事政権も終わりを告げようとし、民主化がなされようとしています。山は動き、海に入ったのです。影でどれだけの祈りがあったことでしょう。日本という山も、信じて疑わずに祈り続けるなら、動きはじめるのだと思います。