服を洗い、境界を守る

出19:12「あなたは民のために、周囲に境を設けて言え。山に登ったり、その境界に触れたりしないように注意しなさい。山に触れる者は、だれでも必ず殺されなければならない」
神と会うことと、触れることには大きな違いがあります。神を慕い求め、近づき、その臨在の中にいることは平安で守られている気がします。しかし、神に触れることは厳禁です。ウザは契約の箱を運ぶときに、転びそうになった箱に触れたために主の怒りを買いました(2サム6:7)。また、イスラエルの民は着物を洗って、聖めなければなりませんでした(10)。主に会うときに何を着るかは大きな問題です。御国に入るときは婚礼の祝宴が用意されています。イエス様が花婿で教会が花嫁です。その祝宴に入る際には礼服を着ていなければなりません(マタ22:11)。誰もが裸で主の前にでることができません(20:26)。もし肉の部分が主の目に触れるならば、殺されてしまいます。イエス・キリストを信じる信仰と救いの確信は、婚礼の際に着る「礼服」です。シナイ山はやがて来るさばきのときの教会を示しています(ガラ4:25)。誰かをさばき続け、神の領域を侵す者はだれでも死ななければなりません。また、着物が汚れていたり、素肌をさらけ出す者も民から切り離されます。それぞれ、主がシナイ山に降りてくる際に守るべき重要な定めです。主の領域に触れたり、身の聖められていない者は殺されてしまうのです。