さすらいのアラム人

申26:5「あなたは、あなたの神、主の前で、次のように唱えなさい。「私の父は、さすらいのアラム人でしたが、わずかな人数を連れてエジプトに下り、そこに寄留しました。しかし、そこで、大きくて強い、人数の多い国民になりました」
アブラハムの孫、ヤコブの子どもたちはエジプトに下って行き、多くの子どもを産みエジプト人が恐れるほどにまで人数が膨れ上がりました(出1章)。アブラハムはもともとカランという地にいました(創12:4)。その地はアラム人の住む土地で、彼らはアラム語を話していたのだと思われます。アラム語はイエス様の時代までフェニキア地方の共通語として使われ、新約の中でもイエス様が「タリタ・クミ(マコ5:41)」のようにアラム語を話している記事がいくつか見られます。さらにイエス様が大工という職に就いていたことから、商売上当時の支配国ローマのギリシャ語(コイネー)も話せたと思います。映画パッションではメル・ギブソン監督は強いリアリティのこだわりから、役者のセリフは全編アラム語ラテン語だったそうです。アラム語が普及したもう1つの理由として、捕囚時代のアッシリアバビロニアの国がアラム語を使っていたことも関係しているようです。聖書はマラキからイエス様の間の約400年の空白時間があります。その間にアラム語がどうやって普及したかはわかりませんが、アブラハムの出身の土地を出て以来、アラムの影響は強くユダヤ人に影響を与えてきたことは事実です。