顧みられるツロ

イザ23;18「その儲け、遊女の報酬は、主にささげられ、それはたくわえられず、積み立てられない。その儲けは、主の前に住む者たちが、飽きるほど食べ、上等の着物を着るためのものとなるからだ」
歴史のある一部でツロの利益が主に捧げられ、用いられるようになったことが書かれています。バビロン捕囚の70年が過ぎた後で、神殿再建が計画され、エズラ、ネヘミヤたちが尽力したことが聖書にあります。エズラ記には「石切り工や木工には金を与え、シドンとツロの人々には食べ物や飲み物や油を与えた(エズ3:7)」という記録があり、シドンとツロの人々が神殿再建に関わっていたことがわかります。70年という数字が歴史のどれを指すのかは、いろいろな解釈があるようですが、神殿に携わった人々に金と食料が配布されたのなら、その出所はどこからなのかは気になるところです。イザヤの預言によるなら、一旦征服されたツロは70年後には復活をとげ、再び貿易商で富を得るようになるのです。「淫行」とは、金の力である程度相手をコントロールして、自分の利益につなげることの比喩だと思います。その手法の是非はともかく、主はツロの顧みられ(17)、もう一度豊かな国を築きます。ツロの王は美のきわみと言われたサタンの象徴のことで(エゼ38:12)、大淫婦はバビロンを指し(黙18:14)、終わりの時代にさばかれるようになります。ツロはいつの時代も神の計画の役割を持っている国です。