わたしのしあわせ

詩73:28「しかし私にとっては、神の近くにいることが、しあわせなのです。私は、神なる主を私の避け所とし、あなたのすべてのみわざを語り告げましょう」
アサフはメラリ族の出身で、彼らの奉仕分担は庭の周り、つまり幕屋の外幕の設置と運搬でした(民4:32)。しかし、約束の地に入り旅も終わり、契約の箱が神殿に常設されるなら、幕屋の解体や運搬の必要もなくなってきます。ダビデは主によって神殿を作ることを禁じられていたので(2サム7:13)、運搬することのない常設の幕屋で礼拝していました。この段階でゲルション、メラリ族たちの仕事は半減していました。ダビデは彼らに楽器や賛美の奉仕を与え、アサフはその中でも抜群の才能を発揮し、後世に残る賛美をいくつも詩篇に残しています。この歌の中でアサフは悪人が思いのまま振る舞い、神を認めない態度に憤りを覚えています(4-17)。アサフは自分自身を「愚かで、わきまえもなく、あなたの前で獣のようでした(22)」と語り、至らない者であったことを告白しています。そして、そんなときに主がしっかりと右手をつかみ(23)、支えてくれたことを歌い、たとえ「この身と心が尽き果てようとも、とこしえに心の岩(26)」だと賛美しているのです。そして最後には「神の近くにいることが、しあわせなのです」と、アサフの人生で何が一番大切なものかを示しています。聖書にいくつも聖句がありますが、たった一言好きなことばを挙げるならこのアサフの賛美だと思います。