空想話

1テモ1:4「果てしのない空想話と系図とに心を奪われたりしないように命じてください。そのようなものは、論議を引き起こすだけで、信仰による神の救いのご計画の実現をもたらすものではありません」
何に関心を持って、目を留めるようになるかはそれぞれの信仰によります。空想話の英語「myth」はギリシャ語の「mythos(ムソス)」から派生したものです。もともとの意味は「語られたこと」とか「物語」というものです。律法は終わったように考えている人もいるかもしれませんが、イエス様は「わたしが来たのは…廃棄するためにではなく、成就するために来たのです(マタ5:17)」と言われました。律法は生きているのです。十戒はそのまま人が守るべき戒めとして残されています。イエス様の十字架によって何か新しいことが起きたかのように言う人もいますが、イエス様は古いものをなくして、全く新しい世界を作ろうとしたのではなく、父なる神が造られた世界にいのちを吹き込み、新しく生まれ変わること で律法を成就させようとしたのです。それゆえ律法は「主を愛すること」と「隣人を愛する」ことに重きを置き(マタ22:36-37)、決して律法は無くなったとは言わなかったのです。イエス様がもたらした福音は罪を犯すのを恐れる生活から、罪が赦された者としての人生を歩むように変えられたことです。それには律法が不可欠で、4000年をかけた布石でもあったわけです。