彼はわなに捕らえられ

ヨブ18:9「わなは彼のかかとを捕らえ、しかけ網は彼をつかまえる」
ビルダデいわく、ヨブはまだ悟っていないから悟ってから話し合おう(2)、とあり、ヨブはまだ未熟で学んでいないことがあるとしています。ビルダデによればヨブが地に座り、自分の体を削り灰をかぶる様子はあたかも悪者どものわなにかかったように見えるようです。確かに、サタンのわなは巧妙で何でもない会話の中から過ちを導きだそうとします(創3章)。しかし、ヨブは何かの行いや会話のわなに捕らえられたわけではありません。彼の受けた悲劇そのものが神とサタンの会話から生じたものです。サタンはうまく神をそそのかすことができたのでしょか?命には触ることはできませんが、その限界までサタンは攻撃をしかけています。ヨブはわなに捕らえられたかどうかは、彼の信仰にかかって います。神はヨブなら必ずこの試練を乗り越え、神との関係を裏切ることなく再び祈って、賛美するに違いないと信じています。全知全能なるお方の信仰は人のものとは違います。サタンにゆだねられたときから神の勝利は決まっていました。