エゼキエル21章 腰が砕けるほど激しく嘆け

エゼ21:6「人の子よ。嘆け。彼らが見ているところで腰が砕けるほど激しく嘆け」
「嘆く」のヘブル語「anach(アナーク)」は、「ため息をつく」とか「うめく」という意味があります。英語訳NIVでは「腰が砕ける」は「breaking heart」となっており、直訳だと「心が破れるほどにうめけ」となります。とにかくエゼキエルはこれから起きることを知らしめるために、新たなパフォーマンスをせよと主に命じられたのです。それは間もなく侵攻してくるバビロンが剣を持ってユダ国民を殺すことの預言です。すでにエレミヤもエゼキエルも「剣とききんと疫病(エレ21:9など)」で、ユダが滅ぼされることを告げています。主はバビロンが剣でユダ国民を襲うのは、主ご自身が剣をさやから抜くことと同意語だと言われます(5)。今から主の剣をさやに戻すことはできません。エゼキエルにできることは、すでに決定しているさばきに対して嘆くことによって人に伝えることだけです。人がエゼキエルを見たときに、主からのことばを伝えられれば(7)、何人かのユダの民が主を見上げ、エゼキエルの預言に耳を傾けるかも知れません。最後の最後まで、エゼキエルを使ってユダ国が主から離れてしまったことを告げようとする、主の忍耐は続けられているのです。