1ヨハネ4章 霊だからといって

1ヨハ4:1「愛する者たち。霊だからといって、みな信じてはいけません。それらの霊が神からのものかどうかを、ためしなさい。なぜなら、にせ預言者がたくさん世に出て来たからです」

旧約ではサウルが霊にとりつかれているとき「神の霊がサウルに臨むたびに(1サム16:23)」という表現を使っています。そしてそれは「わざわいの霊(1サム16:23)」だとも書かれています。新約では多くの「悪霊」ということばが使われており、何か不自然で不都合がことが起きると、自分の意思ではない別の何かが働いていることが知れ渡っていました。イエス様が昇天され、使徒の働きが始まると同時に聖霊は顕著に現れるようになります。その中には占いの霊を持つ女もいて(使16:16)、当時から占いを通して稼ぐ者もいたようです。また、律法では霊媒や口寄せを禁じており(レビ19:31)、旧約の時代から霊に関することは人を操る道具にされていたことがわかります。この背景には、未来のことを言い当てたり、隠れているものを暴いたりする力に人が魅了されて、神から心が離れていることを警戒していることが挙げられます。難しいのは、「サタンさえ光の御使いに変装する(2コリ11:14)」とあるように、御使いだと思えるようなものでもその実態はサタンである可能性があると言うことです。人は理解を超えた不思議な力に魅了されがちです。しかし、ヨハネが言うように霊が神からのものかどうかを確かめる必要はあります。